村居正之日本画展

こんにちは。春を感じる時間が、徐々に長くなりましたね。お元気ですか。

本日、日本画の素晴らしい個展を観てきました。

―画業50年の歩み─ 村居正之日本画展
銀座の和光本館(銀座4丁目)6階ホールにて 
3月3日(金) ~ 3月12日(日)
(最終日は17:00まで)


岩絵の具「群青」を駆使し豊かで深みのある青の階調で独自の世界を描き出した作品群、大作を含めた50点です。心が落ち着く、深い精神性を感じました。

ぜひ、お勧めいたします。

因みに一連の作品の額装は、大阪で高名な芦谷光雄氏によるものです。独創的でこれも素晴らしいです。マット幅が、左右上下とも不思議に変則になっている物がありました。

芦谷光雄氏は創作額縁の草分け的存在でもあり今も現役でご活躍中。小生の尊敬する師匠です。

加えてご鑑賞ください。

著作権のことを考え、ここでは写真で紹介できないのが残念です。

       額装の㈱アート・コアマエダ(店主)

礼儀正しい道場破り

こんにちは。

日差しの強い日があります。春の南風は厳しいものがありますが、お元気ですか。また、学生時代のボクシング部での話をさせていただきます。古くてマニアックな体験ですが、お付き合いください。

学内体育館の3階に練習道場がありました。今と違って当時は人気のスポーツだったので、一般学生のギャラリーに囲まれる中で練習をしていました。(人生の中で一番張り切らざるを得なかった時期だったということもあります)

練習の常連は25人くらいで、トレーナーの先輩が4~5人。汗の匂いと熱気の中でガンガンやっていました。部員総勢は50人程でしたが、ほぼ半数位が毎日集まっていたと思います。因みに小生は、皆勤のグループに入っていました。

スタート時間はバラバラですが、まず入念な柔軟体操から始めます。そして、縄跳び。ぴゅっぴゅっというロープの音とトントンという軽快なつま先の反響が、細かいピッチで軽快なリズムを刻みます。脇を締めて顎を引いて、独特のスタイルで行います。3分の縄跳びは、結構大変です。格好良く飛べるようになったら一人前と言われていました。

次は、相手を想像しながらのシャドウボクシングです。仮想ボクシングですね。4ラウンド位を消化。

そして、パンチングミット。コーチの動かすミットを追いかけるようにパンチを当てます。強弱を付けながら、コンビネーションの練習をします。サンドバックの様にジッとしていませんから大変です。これも、いい音がするようになれば一人前と言われていました。肉体的には心臓バクバクで、このあたりが第一ピークです。

後は、心拍を整えてからスパーリングを思い切り2ラウンド。模擬試合といえども真剣勝負。自分の実力判定の目安になります。

リングから降りたらすぐにサンドバッグを3ラウンド。思い切り撃ち込みます。このあたりが第二のピークです。スタミナをつけるには、ここが大事なところです。パンチを磨き、戦闘力を充実させます。最後に腹筋や首、腕を鍛え、もう一度シャドウで体をほぐし、柔軟体操で終わります。約1時間半から2時間程のメニューですが、3分動いて30秒休憩のインターバル。シャワーで汗を流す頃には、頬がこけてる様子がよくわかります。

時折、他校の選手やプロの練習生の訪問があります(いつも突然に・・・)「一緒に練習させていただきたいのですが、宜しくお願いします」と。必ず礼儀正しい挨拶と共に参加してきます。そして、名指しでスパーリングを申し込んで来ます。突然では、こちらのコンディションの悪い時もありますから困るのですが、それでも必ず受けるのが礼儀のようになっていました。この時は、試合をするのと同じような覚悟と執念を持って臨みます。いわば「道場破り」されているのですからメンツをかけて応戦するのは当たり前。レフリーはいませんから、容赦なくボコボコにしてしまうこともありました。

4階に空手部の道場がありまして、そこからの突然参加でスパーリングを申し込まれることもありました。彼らは劣勢になると必ず足を出してきます。キックボクシングだか、喧嘩だかわからなくなります。でも総合するとボクシングは、最強かもしれないと今でも思っています。

また、週末にはプロのジムへ、こちら側から「道場破り」を敢行。ここでも門をくぐるとき、大きい声で礼儀正しい挨拶をして入っていきます。プロのジムですから毎回練習料を払ったと思います。スパーリングが目的ですから、相手を決めて対戦をお願いします。

この頃は、一週間単位で自らが強くなってくるのを確認できました。そんな時期は、たとえ返り討ちにされても意に介せず愉快でしたね。食事の時も歩いている時も頭の中はボクシング。

至福でした。  

  道場破りをする時のコツは、ターゲット選手のレベルを絶対見誤らないこと!

  額装の㈱アート・コアマエダ(店主)


「恐怖心」と「呪文」

こんにちは。春一番が到来しました。お元気ですか。

引き続き、学生時代に所属していたボクシング部の話をさせていただきます。

個人戦ではインターハイと国体、そして近畿選手権などがありました。大学対抗としては春のリーグ戦、秋にはトーナメント戦。他に、各大学との交流定期戦が適時あった様に思います。そして四年に一度のオリンピック。

懐かしいです。  

小生は、卒業するまでに公式戦43試合を消化しました。その中で、印象に残っている試合の一つを紹介させていただきます。まだ1年生の時のことでした。秋のトーナメント第一試合のメンバーに選抜されました。デビユーして2戦目。対戦相手は、高校・大学のボクシング歴6年という京都の大学の3年生。しかも、アジア大会の候補選手。その年の春のリーグ戦では、わが校の先輩を右フックで失神KOさせた、関西屈指のハードパンチャーです。

対戦が決まってから、緊張でやたらに目がパチパチ。しかしながら棄権などは許されません。恐怖心との闘いが始まりました。実績、実力ともに差があり過ぎて、試合当日まで平常心を保てそうにないのです。

格闘技においては、勝者と敗者の落差が大きいので、みじめな自分の敗戦姿を想像してしまうのです。

相手の選手は簡単に勝てると思っているに違いありません。であれば、どこかに隙ができるはず。

「最初に奇襲攻撃してびっくりさせてやろうか・・・」
「しかし、どうやって・・」

一試合しか経験がないのですから、作戦の立て方などわかりません。先輩に相談してみるも「ありきたりの根性論」に終始。益々、恐怖心がリアルになります。前日はほとんど眠れないまま、試合当日の朝を迎えました。

悶々とした気持ちで歯を磨き始めると、突如お腹のあたりから自分の声で響いてきました。

「今の実力をさらけ出して、ベストを尽くせ!」
「プライドなんか糞くらえ!」
「大丈夫、何とかなる」

シンプルですが、中性的で凛とした楽観的で強気な声。

この不思議な即興の呪文のおかげで、恐怖心が徐々に薄らいでいきました。

「よし!」

いつものスパーリングのように、左手を目の前に置いて顎を引いて右手で自分の顔面をカバーする。右足は後ろに引いてかかとを上げる。この基本の構えを崩さず、いつもの「ワン・ツー」と「ワン・ツー・スリー」をリズムよく、正確にパンチを繰り出すこと。

これが今の自分のレベルではベスト。覚えたての基本、これで勝負する。経験やテクニックは未熟なものの、持久力には多少の自信がある。

歯磨きを終える頃には、心も定まっていました。

リングに上がる前に「ジッ」と試合相手と目が合いました。ここは五分五分。やけに喉が渇いたものの、「まあいいや」といつもの様に思い切り大きく深呼吸して試合の始まりを待ちました。

ゴングとともに飛び出して、ひたすら覚えたてのワン・ツー・スリーの波状攻撃。当たらなくてもかまわない。「打ちまくる」「打ちまくる」「何とかなる」「何とかなる」と呪文を唱えながら攻めました。相手は、予想に違わずいろんな角度からパンチが出してきます。受けると「がっつん」と、小生のパンチとは違う破壊力と重さがあります。たまに、小生のパンチも当たったような気がしますが、内容はほとんど覚えていません。相手の強烈なフックは珍しく空振りが多かったと、試合後にセコンドの先輩から聞きました。その日はあまり調子が良くなかったそうで、これは幸いでした。

かなり打たれましたが、どうにか最後まで倒れずに持ちこたえました。アマチュアボクシングは3分の3ラウンドですが、フルマラソンをを完走したような疲労感。鼻血が最後まで止まりませんでした。

試合の結果は、判定負け。

しかし小生にとっては、以後の試合への大きな「自信」に繫がりました。「恐怖心」をコントロールするコツが、つかめたような気がしたのです。

試合後、他校の先輩や対戦相手にも過分なお褒めをいただきました。

その後もその都度「プライドなんか捨てろ」「大丈夫」「何とかなる」の呪文で平常心を保ってきたように思います。

誰であれ、人は「恐怖心」に打ち勝つ方法を自分流で身につけていくもの。

       額縁の㈱アート・コアマエダ(店主)