「恐怖心」と「呪文」

こんにちは。春一番が到来しました。お元気ですか。

引き続き、学生時代に所属していたボクシング部の話をさせていただきます。

個人戦ではインターハイと国体、そして近畿選手権などがありました。大学対抗としては春のリーグ戦、秋にはトーナメント戦。他に、各大学との交流定期戦が適時あった様に思います。そして四年に一度のオリンピック。

懐かしいです。  

小生は、卒業するまでに公式戦43試合を消化しました。その中で、印象に残っている試合の一つを紹介させていただきます。まだ1年生の時のことでした。秋のトーナメント第一試合のメンバーに選抜されました。デビユーして2戦目。対戦相手は、高校・大学のボクシング歴6年という京都の大学の3年生。しかも、アジア大会の候補選手。その年の春のリーグ戦では、わが校の先輩を右フックで失神KOさせた、関西屈指のハードパンチャーです。

対戦が決まってから、緊張でやたらに目がパチパチ。しかしながら棄権などは許されません。恐怖心との闘いが始まりました。実績、実力ともに差があり過ぎて、試合当日まで平常心を保てそうにないのです。

格闘技においては、勝者と敗者の落差が大きいので、みじめな自分の敗戦姿を想像してしまうのです。

相手の選手は簡単に勝てると思っているに違いありません。であれば、どこかに隙ができるはず。

「最初に奇襲攻撃してびっくりさせてやろうか・・・」
「しかし、どうやって・・」

一試合しか経験がないのですから、作戦の立て方などわかりません。先輩に相談してみるも「ありきたりの根性論」に終始。益々、恐怖心がリアルになります。前日はほとんど眠れないまま、試合当日の朝を迎えました。

悶々とした気持ちで歯を磨き始めると、突如お腹のあたりから自分の声で響いてきました。

「今の実力をさらけ出して、ベストを尽くせ!」
「プライドなんか糞くらえ!」
「大丈夫、何とかなる」

シンプルですが、中性的で凛とした楽観的で強気な声。

この不思議な即興の呪文のおかげで、恐怖心が徐々に薄らいでいきました。

「よし!」

いつものスパーリングのように、左手を目の前に置いて顎を引いて右手で自分の顔面をカバーする。右足は後ろに引いてかかとを上げる。この基本の構えを崩さず、いつもの「ワン・ツー」と「ワン・ツー・スリー」をリズムよく、正確にパンチを繰り出すこと。

これが今の自分のレベルではベスト。覚えたての基本、これで勝負する。経験やテクニックは未熟なものの、持久力には多少の自信がある。

歯磨きを終える頃には、心も定まっていました。

リングに上がる前に「ジッ」と試合相手と目が合いました。ここは五分五分。やけに喉が渇いたものの、「まあいいや」といつもの様に思い切り大きく深呼吸して試合の始まりを待ちました。

ゴングとともに飛び出して、ひたすら覚えたてのワン・ツー・スリーの波状攻撃。当たらなくてもかまわない。「打ちまくる」「打ちまくる」「何とかなる」「何とかなる」と呪文を唱えながら攻めました。相手は、予想に違わずいろんな角度からパンチが出してきます。受けると「がっつん」と、小生のパンチとは違う破壊力と重さがあります。たまに、小生のパンチも当たったような気がしますが、内容はほとんど覚えていません。相手の強烈なフックは珍しく空振りが多かったと、試合後にセコンドの先輩から聞きました。その日はあまり調子が良くなかったそうで、これは幸いでした。

かなり打たれましたが、どうにか最後まで倒れずに持ちこたえました。アマチュアボクシングは3分の3ラウンドですが、フルマラソンをを完走したような疲労感。鼻血が最後まで止まりませんでした。

試合の結果は、判定負け。

しかし小生にとっては、以後の試合への大きな「自信」に繫がりました。「恐怖心」をコントロールするコツが、つかめたような気がしたのです。

試合後、他校の先輩や対戦相手にも過分なお褒めをいただきました。

その後もその都度「プライドなんか捨てろ」「大丈夫」「何とかなる」の呪文で平常心を保ってきたように思います。

誰であれ、人は「恐怖心」に打ち勝つ方法を自分流で身につけていくもの。

       額縁の㈱アート・コアマエダ(店主)